水曜日, 12月 27, 2006

学校経営実践記録における学校文化の認識枠組みに関する考察

学校経営実践記録における学校文化の認識枠組みに関する考察
千々布 敏弥
教育経営 教育行政学研究紀要、1996、第3号、21-29
https://qir.kyushu-u.ac.jp/dspace/bitstream/2324/816/1/KJ00000685483.pdf

【内容抜粋】文はほぼ原文を引用しています。

はじめに
 学校文化を論じた先行研究は多いが、なぜ学校文化という「ことば」が登場することとなったのか。それは、他の問題を考察するための操作概念として登場したと解釈することが妥当と考えられる。
 学校経営学が問題領域として設定してきたものに、組織、意思決定、リーダーシップ、人間関係、指導助言、研修などが挙げられる。しかし、現実に、校長がある学校に赴任して、その変革を意図したとき、留意すべき最も重要な要素を言葉で表そうとしたとき、既存の学校経営学で提示されている養護よりも適切な用語として学校文化という語が浮かんでくるのではないかと思われる。
 学校文化とは、類似の言葉を多様に有する。雰囲気、空気、やる気(モラール)、風土。こうした様々な概念を包括した語に明確な定義を行うと、かえってそれまでこの語が有していた実践的有効性が失われるのではないかという危惧がある。
 学校文化の定義には二つのパターンがあると考えられる。第1は、「組織としての信念や想定、価値などのパターン」(中留武昭「学校文化を形成する校長のリーダーシップに関する研究」1994)などと大まかに定義するものである。第2は、学校文化の全体的構造まで提示しようとするものである。例えば、Jon Saphier による①同僚性、②実験性、③高い期待、④信頼、⑤明白なサポート、⑥知識の基礎との関わり、⑦評価と認識、⑧気配り、祝いとユーモア、⑨意思決定への参加、⑩重要事項を確保する、⑪伝統、⑫率直なコミュニケーションという要素分析を行っているものが挙げられる。
 本稿は、後者のアプローチを相対的に捕らえながら学校文化の把握の方法を考察していくものである。本稿が、実践記録に着目する理由は、分析する側で学校現場を見るのではなく、実際に学校現場を変革している校長が、「学校文化をどのような枠組みで捉えていたか」を現象学的に捉えなおしてみようというところにある。いかなる部分に特に着目していたかを明らかにすることが、学校文化を把握する実践的な枠組みを創出することに有効と考えられる。
 なお、学校経営実践記録とは、校長が自校の経営のために実践した事柄を記述している著書という定義で捉える。1人の筆者が記述した分掌に絞ることにより、「その人物が学校経営にいかに取り組み、それをどう捉えたか」という解釈が容易になると思われるからである。

実践記録の分析方法
 本稿が試みようとする分析手法は、授業研究の分野で主張されてきたものと欲似ている。授業研究の分野では、授業の記録をとる際、いかなる枠組みで記録をとるべきかという議論が続けられている。之に対し、一切の枠組みを拒否するという立場も存在する。具体的には教師と子どもの発言の逐語記録となり、その分析は、いわば文章解釈のような方法となる。後者の立場は、言い換えれば「授業の適否を判定する基準をこそ、授業分析は追及しなければならない。」(重松鷹泰)というものである。本稿では後者の姿勢をとっている。ただし、授業記録と学校経営実践記録との重大な相違に対する考察をしておかねばなるまい。それは、授業記録がフィルターをかけることなく忠実に再現することが可能である、つまり「誰が記録しても、ほぼ同じ授業記録が期待できる」のに対し、校長の学校経営記録は、校長が言葉で語る場面は授業に比べて少ないため逐語記録では不完全であり、それを補完する記録手段も不十分となることが予測できる。
 そこで、校長が自分の実践を綴った文章はいかなる価値を有するかという問題を検討してみたい。校長が自ら記述した実践記録の客観性ははなはだ疑わしいが、校長の主観を把握するための資料ということで実践記録を捉えることもできよう。学校経営の実際を読み取るのではなく、校長の意識を読み取るのである。このような観点で実践記録を読み直す。そのとき、筆者である校長は学校文化的な概念をどのような枠組みで認識しているかを読み取ることができるはずである。

斎藤喜博の島小学校経営実践記録
 その分析手法については、①学校文化に関わる記述を抽出する、②斎藤氏がとらえるところの学校文化の枠組みを解釈する、というものである。なお、学校文化に関しては暫定的定義として「学校教育及び学校経営に影響を与える考え方や雰囲気で、ある程度共通に指示されているもの」という枠により、まずは大まかに学校文化に関する記述を抽出する。
 「学校づくりの記」の記述をもとに考察する。SaphierやCunninghamによる枠組みは、「教員の人間関係」と「職能成長」に関する要素に大別できると思われるが、斎藤氏の記述から読み取れることは、この2種類の文化要素が並列的関係でなく、発達段階的に組み合わせて認識しているようであるということである。また、フォーマルな経営手法をとるのではなく、インフォーマルなコミュニケーションにより自らの意思を伝達する手法を好んだと解釈できる。また、斎藤氏による普段のアプローチが欠けると、以前の文化に戻る脆弱性を内包したものであったといえよう。


最後に
 斎藤氏ほどの個人的資源(知名度、首長との友好関係)を有しない校長が学校文化を変革しようとしたとき、どのような認識枠組みを使用していたかという分析も更に深める必要がある。
 また、実践的有効性を追求するという文脈から学校文化を分析してきたが、実践的有効性の概念枠組みの検討は十分に為されていない。実践的有効性という言葉は、「学校経営目標」とほぼ同義に捉えることができるはずである。
 上記のことを踏まえつつ、今後も学校文化の更なる枠組みの創出を試みる必要がある。

https://qir.kyushu-u.ac.jp/dspace/bitstream/2324/816/1/KJ00000685483.pdf

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