ハリケーンのようにアメリカ全土を巻き込んだ「落ちこぼし防止法」であるが、厳しい状況にあって学校内での協働的な取り組みを行うことでこれに対応しようとしている事例を紹介し、本稿を閉じることにしたい。
ノースカロライナ州の東海岸にあるブルンズウィック郡では「専門性を高める共同体づくり(PLC:Professional Learning Community)」と呼ばれる取り組みを広めようとしている。同様の名前を冠する教師の専門性に着目した共同体づくりは90年代頃からアメリカで散見されるが.、ブルンズウィック郡で参照されていたのはイリノイ州で高校の校長や郡の教育委員長を務めた経験をもつリチャード・デュフォーの提唱する取り組みであった.。
デュフォーは「落ちこぼし防止法」を批判し、「教えることから、学ぶことへ」「賞罰を与えるための評価から、情報とやる気を生み出すための評価へ」「孤立から協働へ」「外部での研修から、日々の仕事に着目した学習へ」といった組織文化の変革が必要であると述べている。
実際にこの取り組みを行ってきたノースブルンズウィック高校のグライムズ校長によれば、同校のミーティングは学校の主要なスタッフたちが集まるミーティング、教科主任が集まるミーティング、教科の先生が集まるミーティングと階層化されているという。たとえば、「英語Ⅰ」を教える3名の教員は週に1度のミーティングを行う。そのミーティングでは、次のような手順で話し合いが行われる。「①正しい教材で教えられているか」「②生徒は教えた内容を学んでいるか」「③学んでいないとしたらわれわれはどうすべきか」「④学んでいるとすればわれわれはどうすべきか」という手順である。その焦点は子どもたちの学習に向けられている。こうしたミーティングは指導方針を共有化し、実践を振り返る機能をもっていると考えられる。
テストを中心とする「教育アセスメント行政」.を強化する流れは今後も続きそうである。「目標管理(MBO)」という言葉を世に知らしめたドラッカーは、その前に「自己管理による」という言葉を添えている。アカウンタビリティ・システムが機能するためには、現場の教員が納得して自分たちで作り上げた目標と、外部の要請が整合するような調整が必要であろう。「あなたが医者に行った時に、死んだかどうかを診断するのでなく、どうすれば健康になるかを診断するのが形成的評価(formative assessment)だ」というグライムズ氏の言葉が示しているように、ブルンズウィック郡ではデータは結果を評価し断罪するためのツールから、プロセスに着目し学びを促進するためのツールとして位置
づけられていた。ブルンズウィック郡の取り組みは限定的なものであり、その意味で「協働」はソフトな統制として機能しているに過ぎないと批判することも可能である。しかしブルンズウィック郡の事例で着目したいことは、協働を志向するその取り組みが、個々の教員の仕事が分散化する傾向のあるアメリカの学校組織を再結合させ、教員間の相互作用を促したことである。その紐帯として州統一テストという「データ」があったという点も見逃してはならないだろう。データという共通の「事実」を核として紡ぎだされる省察や解釈は、学校の組織文化をより深いレベルで掘り起こす作業にも成りうる。今後、こうした協働を基調とする取り組みがどのような展開を見せるのかにも目を配る必要があろう。
. Jennifer McMurrer, 2008, Instructional Time in Elementary Schools: A Closer Look at
Changes for Specific Subjects, Center on Education Policy.
. たとえば、Kruse, S., Seashore Louis., &Bryk,A., 1995, Building professional learning
community in schools, Center for School Organization and Restructuring.
. デュフォーはPLC という言葉を1998 年から使い始め、「教育者が、子どもがよりよい
成績に至るために行う討議を通じて協働すること。専門性を高める共同体は、子どもがよ
りよく学ぶためには、教育者が日々の仕事からよく学ぶことが重要であるということを前
提として運営される」と定義している(DuFour,R.,et.al, 2008, Revisiting Professional
Learning Communities at Work, Solution Tree Press,p.469)。
米川英樹・新谷龍太朗(2012)「第6章 アメリカにおける学力向上政策の幻想と現実―「落ちこぼし防止法」の導入とその成果をめぐって」志水宏吉・鈴木勇編著『学力政策の比較社会学【国際編】 PISA は各国に何をもたらしたか』明石書店,pp.180-181
その他に、ブログ「PLC便り」より
http://projectbetterschool.blogspot.jp/search/label/PLC%E3%81%AB%E3%81%A4%E3%81%84%E3%81%A6
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